日本における子どもの性とコミュニケーションの権利に関する基礎報告書

−「援助交際」と「出会い系サイト」の規制をめぐって−

田中 克範 (プライバシーを考える練馬区民の会 代表)


1. 性的搾取の被害者としての子ども

 いかなる場合においても、子どもは性的搾取の被害者です。それを法律として現実のものとしたのが、1999年に成立した児童買春・児童ポルノ禁止法であると言えます。これは、1996年の子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議で採択されたストックホルム宣言基礎としており、それは子どもの権利条約で保障された権利を実現するためのものです。

 また、日本の政府は国連子ども特別総会において、子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書(A/RES/54/263、2000年5月25日)にも署名していますが、批准するには至っていません。

2. 「出会い系サイト」問題の概観

 1998年、日本でも映画「ユー・ガット・メール」が公開され、インターネットを通じた男女の出会いが認知されるようになりました。インスタント・メッセンジャーやチャットができるサイトが普及したのもこの頃です。

 1999年には、携帯電話によるインターネットへのアクセスが可能になり、これによって子どものインターネット利用者が急増しました。携帯電話からアクセス可能な「出会い系サイト」と呼ばれる、個人間の交際を媒介するサイトが開設されるようになりました。しかし、それ以前からあった「援助交際」と呼ばれる、子どもを含めた買春の問題が解決されないまま、技術のみが導入されたために、さらに問題が深刻なものとなりました。

 2000年以降、「出会い系サイト」で知り合った大人と子どもの間でトラブルが続いています。子ども買春、子どもポルノの撮影、脅迫、強制わいせつ、傷害、殺人などの事件に巻き込まれて、多くの子どもの人権が侵害され、時には生命さえも奪われたのです。

 主として異性との交際を媒介する「出会い系サイト」に限らず、コミュニケーションの手段を利用すれば、他人との出会いは必然的に発生するものです。そのために、自己の安全や人権を守るために必要な教育が十分に行われていた学校はあまりありませんでした。また、性の自己決定能力を育むための教育についても、十分でなかったと指摘せざるを得ません。また、「援助交際」を子どもの非行ととらえる旧来の考え方が国民の間に根強く残っています。今もなお、子どもを性的搾取の被害者ととらえる考え方は十分に浸透しているとは言えない状況にあるのです。

3. 「援助交際」をする子どもにも「落ち度」があるとした判決

 「出会い系サイト」が普及するまで、「テレフォンクラブ」と呼ばれるものを媒介として「援助交際」が行われることが多くありました。

 2001年7月、ひとりの女子中学生が「テレフォンクラブ」を通じて知り合った中学校教師から暴行を受け、手錠によって自動車内に拘束されて脅迫を受けた末に、脱出を図って自動車から高速道路へ転落し、後続車にひかれて死亡する事件がありました。

 神戸地方裁判所は2002年3月15日、この事件の加害者への懲役12年の求刑に対して、「援助交際」に及ぼうとしていたのだから被害者にも「落ち度が全くなかったということはできない」として、懲役6年の判決を下しました。

 検察側は大阪高等裁判所に控訴しましたが、ここでも「自ら危険に身を投じたことで被害者に多少とも落ち度はある」として、2002年11月25日に棄却されました。

 残念なことに、人権救済の拠り所であるべき裁判所においても、売る側の子どもにも問題があると考えられており、ストックホルム宣言はほとんど無視されている状況があります。特にこの判例は、日本の司法界における大きな汚点です。

4. 警察庁による「出会い系サイト」規制法案の準備

 2002年10月、警察庁の少年有害環境対策研究会が組織され、「出会い系サイト」の法的規制のための準備が始まりました。12月下旬に発表された中間検討案では、「援助交際」の勧誘をした子どもにも罰則を設けること、子どもの携帯電話による「出会い系サイト」へのアクセスを禁止することが示されました。子どもに対する罰則は、ストックホルム宣言からの逸脱であり、日本弁護士連合会などが反対意見を表明しました。しかし、ストックホルム宣言がほとんど浸透していない状態で行われたアンケート調査を「根拠」として反対意見をしりぞけ、また携帯電話のみならずパソコンからのアクセスも禁止する方向で、法案として準備されつつあります(2003年2月中旬において)。その基本的な方針を頴文書が、「『出会い系サイト』に係る児童の犯罪被害防止に向けた対策についての提言」として公表されています。 http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen7/result-index.htm

 警察庁の準備している法案が抱える問題の一つは、ストックホルム宣言の否定にあります。ストックホルム宣言は発展途上国の貧しい子どもに対する配慮であり、日本の子どもはその適用対象とされないという解釈されているのです。また、罰せられることを避けるために、性的虐待や暴行等の被害を受けても告発せずに泣き寝入りする子どもが増えることも予想されます。

 さらに、審議の経過を読むと、教育への消極的な姿勢が見受けられます。「寝た子を起こす」と表現されていますが、つまり教育をすることにによって子どもが必要以上の知識を得て、それによって犯罪が増加すると考えられているのです。これは根本的な誤りであると指摘しなければなりません。

 もう一つの問題は、「出会い系サイト」の定義、および規制対象の審査に関する不透明性です。まず、「出会い系サイト」について、

利用者の電子メール等の取次ぎや電子メールアドレス等の連絡先を知らせる機能を有していないいわゆる掲示板(BBS)は、規制の対象とする「出会い系サイト」には当たらないと考えられる。
とされていますが、これではほとんどすべての個人間のコミュニケーションが可能なサイトは「出会い系サイト」に該当することになります。連絡方法を伝達できないコミュニケーション手段が存在意義があるでしょうか。「単なる友達募集は除く」などとされていますが、その裁量権は誰にあるか、まったく明らかにされていません。このように対象の不明確な規制を実施すれば、子どもの権利条約第13、15、16、および31条で保障されている表現・情報の自由、結社・集会の自由、プライバシー、遊ぶ自由等の権利が侵害されるおそれがあることを指摘しておきます。

 また、審査の主体者、審査基準、審査の方法についても明らかにされないまま、法案作成が始まっています。ここで懸念されることは、日本国憲法第21条第2項で禁じられている、検閲が行われるのではないかということです。それから、子どもの権利条約第18条では、子どもの最善の利益は親が第一義的な責任を負うことになっています。それに反して、すべてを一律に国に委ねる形態となるおそれがあり、子どもを含めた市民的な参加について何ら明らかにされていないことも問題です。

 このような問題を明らかにするために、警察庁に次のような公開質問状(2003年1月28日)を送付しました。しかし、1月31日に質問について述べる予定があるという返信があったのみで、2月13日に至るまで回答はありません。このように簡単な質問にも回答できないことは、大きな問題であると言わなければなりません。

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   公開質問状
 いわゆる「出会い系サイト」の法的規制に
ついてお尋ねします。次の問に本年二月十日
必着にてご回答ください。お答えいただいた
内容は公表させていただきます。
一、 インターネットのサイトについて、ど
   れが出会い系であり、どれが出会い系
   でないのかを判断する主体者、判断の
   基準、および判断の方法について具体
   的にご説明ください。
二、「出会い系サイト」(サイト甲)への子
   どもによるアクセスが禁止されること
   により、それまで健全なコミュニケー
   ションの場であった別のサイト(サイ
   ト乙)に違法行為の場が移った場合は、
   サイト乙もアクセス禁止の対象になる
   のかどうか、そしてサイト乙を従来か
   ら利用していた子どもやその運営者に
   対する救済措置はあるのかどうかにつ
   いてご説明ください。
    二〇〇三年一月二十八日
 (差出人住所)
        田中克範
東京都千代田区霞が関二丁目一番二号
 警察庁生活安全局少年課内
 少年有害環境対策研究会 御中
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5. まず子どもの権利条約の徹底を

 警察庁が計画している法的規制に賛成している大人たちの全体像は明らかになっていませんが、子どもの権利条約への無理解があるのではないか、すなわち子どもを権利の主体者としてとらえる見方ができていないのではないか、そして、子ども買春が横行しているという実態があり、「出会い系サイト」がその媒介となっている状況のもとで一般市民に意見を求めれば、「出会い系サイト」の規制に賛成する人が多くなるのは容易に推察できることです。まず最初に子どもの権利条約とストックホルム宣言について説明を行って、十分な理解が得られた上でアンケート調査を実施すれば、結果は異なるものとなっていたでしょう。子どもの権利条約の締結国である日本は、条約を周知する責務を負っています。警察庁が行っていることは、その責務を放棄しているだけでなく、この条約に対する大人の無理解を利用して、子どもの権利を抑圧するものとなっているのではないでしょうか。

 子どもの権利条約、および子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書の内容を国民の間に広く浸透させることなしに、子どもの権利が守られることはないでしょう。性を商品として売買する大人の社会が反映された「援助交際」をする子どもを「売春婦」として蔑視し、どのような犯罪被害に遭遇しても「自業自得」ととらえる風潮は、一般市民やマスメディアにとどまらず、行政や司法にまで及んでいます。このような状態を変える努力がなされなければなりません。

 また、2002年5月に署名したものの、批准するには至っていない子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書への早期批准もまた、子どもの権利を確立するために不可欠なものであると考えられます。

6. 子どもの性の危機を乗り越えるために

 子どもの性は深刻な危機に瀕していると言っても過言ではありません。それゆえ、このような法的規制の計画が始まりました。発端は多発する犯罪であり、それが国会審議でも取り上げられ、内閣府が各官庁に対して役割の分担を指示され、警察庁はそれに従って「出会い系サイト」の規制を準備しています。しかし、その政府内部においても、警察庁の軽率で性急な法案準備に対して、片山虎之助総務大臣が懸念を表明(2003年2月7日)しているほどです。

 言うまでもなく、子どもが抱えている問題は、ひとりひとり具体的に解決していかなければなりません。そのための平坦な道のりなどないと言ってもいいでしょう。しかし、何かにすがりたい気持ちでこの規制に賛成している親も少なくないと思われます。しかしながら、性に関する人権やメディアリテラシーの教育に、積極的に取り組むことがまず第一に必要なのではないでしょうか。公権力による規制に依存することによって問題の本質的な解決にはならず、それによって教育がなおざりにされるようなことがあるなら、教育に責任を負うべき大人の責任放棄であるとさえ言わなければなりません。警察庁の教育に消極的な姿勢は、そのような観点から強く非難されるべきものであると考えます。

 コミュニケーションの技術が存在する以上、子どもからそれを奪うことは不適切であり、インターネットに存在する望ましくない情報に対しては、子どもを含めた市民的な参加のもとに、透明性の高い、言い換えれば民主的な措置が必要であることを指摘しておきます。また、そのためには学校、家庭、地域、さまざまな団体が協力することも必要になるでしょう。公権力による画一的な規制は、有効な手段ではないばかりか、かえって子どもの権利を侵害する可能性が高いものであり、政府がこれを強行するのであれば、強く非難されなければならないと考えます。

 子どもの権利を確立することと、教育を重視すること、そして民主的な措置によって、子どもの性の深刻な危機を乗り越えることが必要であり、その基礎となるのは子どもの権利条約であることを強調してこの報告書の結びとします。


この報告書に関するご意見、お問い合わせは guskovdori@yahoo.co.jp まで。

この報告書は、子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会を通じて、子どもの権利条約締結国での実施状況を監視する国連子どもの権利委員会(2004年1月)へ、日本の子どもの権利問題を伝えるために提出されます。


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